阿良川志ん太は真打昇進試験で、審査員の阿良川一生から破門宣告をされますが、理由は明かされませんでした。
おっとうの落語の面白さを証明するために、あかねは落語家を目指します。
6年後、高校3年になったあかねは担任から勧められた可楽杯に出場し、優勝者に与えられる特典・阿良川一生との歓談を勝ち取ります。
こちらでは、阿良川一生の口から語られる破門の理由、それに対するあかねの反応について紹介しています。
ぜひ最後までお付き合いください。
『あかね噺』阿良川志ん太の破門
阿良川志ん太は、阿良川流真打(しんうち)昇進試験に挑戦します(第一席)。
芽が出なくてろくな稼ぎもない自分に「辞めろ」と言わなかった妻、
こんな俺を好きでいてくれる娘のために「俺は今日真打になる!」
引用元:第一席 あの日
妻の桜咲真幸(おうさき まさき)も、娘の桜咲朱音(おうさき あかね)も、どれ程期待していたことでしょう。
審査結果は阿良川一生(あらかわいっしょう)から発表され、阿良川志ん太ら出場者5人全員が破門!第1話からいきなり破門だったので、私も正直びっくりしました。
阿良川志ぐまが阿良川一生に、
「ちょっと!どういうことですか、破門って?だいたい、志ん太は俺の弟子だ。(第一席)」と。
阿良川一生は、たった一言「あんなもん芝浜とは言わねえよ。」とだけ。
阿良川流真打昇進試験当日も後日も破門の理由は告げられていません。
あの日、落語家阿良川志ん太は死んだ。でも、終わりじゃない。むしろあの時から始まったんだ、私の物語が!
引用元:第一席
あかねは、自分が真打になっておっとうの落語がすごいって証明すると決意し、志ぐま師匠の下で修業するのです。
小学生の時にこの決意をするとは凄いです!
芸の道は本当に厳しいだけに、あかねを心から応援しています。
『あかね噺』アニメの阿良川志ん太はその後どうなった?
阿良川志ん太は破門後どうなったのでしょうか?
①阿良川志ん太は死んだ?
「あの日、落語家阿良川志ん太は死んだ。」とは、落語家としての阿良川志ん太はいなくなったという意味で、阿良川志ん太こと桜咲徹(おうさきとおる)は生きいるのでご心配なく!
②落語家からサラリーマンへ
第1話(第一席)でいきなり破門された桜咲徹はサラリーマンになります。
「コンクリートを売る会社に入った。」
と、あかねが阿良川志ぐまに伝えるシーンがあります。
単身赴任で頑張っているシーンもありました。
志ん太のサラリーマンのその先は分かりませんが、そのまま終わっていいのだろうか?
返り咲くということは無いのだろうか?
と、ひとり想いを巡らせてしまう私です。
『あかね噺』アニメのあかねは破門理由を聞くために可楽杯に出場
可楽杯に出場したあかねは、予選を通過し、本選へ。優勝して破門理由を聞けるのか?
①可楽杯(からくはい)にあかねはなぜ出場したい?
可楽杯とは、学生落語選手権のことで、対象は18歳以上の大学生、短大生、専門学校生。今年は20周年なので、阿良川一生の意向で高校生でも参加できるように枠を広げ、優勝者には特典として阿良川一生との歓談の場が与えられます。
あかねは、可楽杯で優勝して、阿良川志ん太の破門理由を阿良川一生に直接聞きたいと思ったから、志ぐま師匠に参加の許可をもらいます。
②あかねが可楽杯に出場する条件とは?
可楽杯に出場するために、阿良川志ぐま師匠から出された条件は、寿限無(じゅげむ)で勝つこと。
寿限無で勝つことの難しさを兄弟子のこぐまが説明。
寿限無が落語初心者が覚える基礎的な落語、客も大半が落語研究会所属で寿限無をやれる。名人たちの寿限無を覚えるから耳も肥えている。
そんな客相手にうけを取るのは簡単じゃない。可楽杯は予選と決勝の2回審査があり、見に来る客は同じ顔触れ。当然他の出場者は予選と決勝で噺を変えて来る。寿限無で勝って来いっていうことは、予選も決勝も寿限無をやるということ。
落語に詳しくない私でも、寿限無は知っているくらいなので、落研なら尚更ですから確かにハードルは高いですね!
そして、こぐまの高座(こうざ)を見て、あかねはこぐまの歴史的背景など知識の深さに驚き、更に落語の面白さに気づくのでした。
「こぐま兄(あに)さんは、自分がやる噺を時代背景から風俗、舞台になった場所まで徹底的に調べる。」
兄弟子ぐりこがあかねに語ります。
こぐま兄さんの噺を聞いて、あかねはどのように寿限無に生かすのでしょうか?
こぐま兄さんから、「寿限無が川に落ちて友達が助けを呼びに行くが、寿限無の名前が長かったから、溺れて死んでしまった。」ということをあかねは聞きます。
可楽杯の予選と本選のあかねの落語をじっくり見ていくと、色々楽しめますよ。
③可楽杯の本選結果
あかねは予選を勝ち抜きました。
優勝候補の練磨家(ねりまや)からしは、2年連続優勝者。
からしの落語は、古典落語を現代風にアレンジする『改作落語』。
からしの本選(第八席)は、BMという噺ですが、骨子は古典落語の「転失気(てんしっき)」。
「転失気」は、あかねが落語喫茶でやっていた(第五席)ので、からしが現代のシチュエーションで演じても分かりやすかったですね。
現代風にアレンジした練磨家からしの落語は、確かに若者には分かり易かったかもしれません。
阿良川一生の講評では練磨家からしを褒めていましたが、それは本音でしょうか?相手が学生だから、耳障りのいい言葉を語ったように思えてなりません。
声優・高良木(こうらぎ)ひかるの落語は、なんと、あかねのおっとうが真打昇進試験の時に演じた『芝浜』でした。人情物の芝浜を観客の心を掴んで涙させるような語りでした。
阿良川志ん太は『芝浜』を人情をメインに語って、芝の浜の情景をカットしたのでしたね。志ん太と同じようなパターンで演じたので、阿良川一生の講評がどうなるのかちょっと心配でした。
でも、阿良川一生の高良木ひかるへの講評はとても高評価でした。どういうこと?と私は思いました。やはり、高良木ひかるが声優で学生でアマチュアだから、落語にもっと関心を抱いて欲しいからでしょうか?
あかねの本選の寿限無はどんな寿限無に進化したのか?
こぐま兄さんから聞いた様に、寿限無が川に落ちたと友達が寿限無の親に伝えに来ます。父親も母親も寿限無の長い名前を呼びますが、川の中にはもう寿限無の姿はありません。
やはり、こぐま兄さんの言うように、寿限無は溺れ死んでしまったのか?と私は悲しい気持ちになりながら見ていたのです。
寿限無の名前を呼び、やはり流されてしまったのかと涙にくれる両親。「頼むから、返事してくれ。」と、父親。
「何?」ひょっこり寿限無が現れ、「あんまり助けが来ねえから自分で上がって来ちまった。」という落ち!
拍手!!
阿良川一生のあかねに対する講評は、「お前、ここはお前が来ていい場所じゃないってことは分かっているよな。」
「はい。」
「ならいい。」
この言葉の意味するところは、練磨家からしの言葉を借りれば、「素人の大会をプロが荒らしてんじゃねえ。」ということ。
阿良川一生は、あかねの存在を認識していなかったとしても、あかねの落語を聞いてプロだなと見抜いていた(認めていた)のですね。
ともあれ、優勝したあかねは阿良川一生との座談会の場が与えられました。
あかねは、「6年前、真打昇進試験で阿良川志ぐまの弟子・阿良川志ん太を破門にしたのは何でですか?」と単刀直入に質問します。
阿良川一生はにやりと笑います。何だか嫌な感じを残したまま第十席「寿限無」が終わります。
阿良川志ん太をなぜ破門にしたのか?阿良川一生の答えは如何に?
『あかね噺』志ん太の破門理由:阿良川一生の答えは?
阿良川一生の答えを一言でいえば、”真打の芸に相応しくないものは阿良川には要らない”ということです。
あかねと阿良川一生のやり取りを見て行きましょう。
あかねが名乗らなくても、阿良川一生はあかねが志ぐまの弟子だと見抜いていました。
そして、あの高座を見てどう思ったかをあかねに尋ねます。
あの歓声が全てでしょう。あれは間違いなく真打の芸だった。
引用元:第十一席「答え」
本当に?心からそう言えるか?と更に問われると、あかねも「枕はちょっと硬かった。・・・頑張れという気持ちで見れた。それがあの声援につながったわけで。」と。
私も落語は全く詳しくないですが、確かに阿良川志ん太の話始めは硬さがあったと思います。でも、声援や拍手は応援の意味だけじゃなく、良かったよの意味も含まれる拍手だったと感じました。
一生は語ります。
落語に限らず、音楽や他の芸能にも言えることだが、芸の後に応援が付いて来るのであり、応援が芸に先立つのは未熟の証拠。真打とは芸を極めた落語家の最高位。高座に弱さが垣間見える者にその地位が相応しいと思うか?
引用元:第十一席「答え」
落語ファンの減少を憂えていると言い、
「落語文化の発展のために落語家に求められるものは、鍛え抜かれた圧倒的なパフォーマンスだ。一度でも未熟な者を良しとすれば、芸の質は落ち文化は衰退する。」と、一生は言います。
更に、「落語家は芸人であると共に、伝統芸能の担い手。先人たちから受け継いで来た芸を守り、磨き、次の世代に受け継ぐのが今を生きる落語家の責務。落語を弱くする者は阿良川には要らない。」と。
まさしく正論ですね。
阿良川一生のこれらの言葉を聞いて、それでもあかねはそのまま引き下がりません。
さすがあかねです。
良かった。あなたは考えが信念がある人だ。気まぐれやパフォーマンスだとか、そんなくだらない理由じゃなくて。(それでも、私はおっとうの芸を信じてる)
認めさせますよ、あなたが切り捨てた芸で!
引用元:第十一席「答え」
スカッとします。私もあかねを心から応援します。
一生も心の中で私の望むところだと思い、志ぐまの芸を追う器に足る資質かと、あかねに期待している風でした。
あかねが志ぐま師匠に結果報告する時の会話風景は、とても落ち着くものでした。
志ぐま師匠の人柄がそう感じさせるのでしょうね。志ぐま師匠も、あかねに本音を語ります。
あの男は昔から頑固で自分勝手で、傍若無人で、それでいて落語にだけは正直な男だった。まっ、どんな理由があっても、あの破門宣言は納得できんがな。
引用元:第十一席「答え」
破門されたら廃業するのが通例だが、破門後に別の一門に弟子入りする者もいる、と志ぐま師匠は言い、実際あの破門の後、別の一門に入り直して真打になったものもいると言いました。
そんなこともあるのですね。
志ん太を求める師匠たちも多かったと志ぐま師匠は言います。
そういった勧めに対して、阿良川志ん太はきっぱりと言い切ります。
寂しいことを言わないでくださいよ。弟子入りとは師匠と親子の関係を結ぶようなもの。僕は落語家である前に阿良川志ぐまの弟子でいたいんです。不出来な弟子で申し訳ありません。
引用元:第十一席「答え」
志ん太の義理人情に感動しますね。
師匠と弟子は親子の関係なのですね。
こんな言葉を弟子から言われたら、師匠も胸が締め付けられそうですね。
志ぐま師匠があかねのことを孫のように面倒を見て来たのが分かる気がします。
そして、父親の言葉を聞かせてもらったあかねも、おっとうの気持ちを付け加えます。
今聞けて良かったです。それに、おっとうらしいなって。
私知ってました。おっとうが師匠のこと慕っていたこと。俺が志ぐま師匠の芸を継承するんだって。家にも師匠のことが書かれた本、たくさんありましたし。
引用元:第十一席「答え」
美しい師弟愛ですね。
あかねと兄弟子たちも、師匠含めて、家族のようですしね。
あかねにはこれからますます頑張って成長して欲しいです。
まとめ
真打を目指して来た阿良川志ん太は、真打昇進試験でまさかの破門を言い渡されます。
阿良川志ん太はその後サラリーマンになりますが、今度は娘の朱音(あかね)が真打を目指します。
高校3年になったあかねは、可楽杯で見事優勝し、破門理由を阿良川一生に尋ねたところ、”真打の芸に相応しくないものは阿良川には要らない”と一生に腹の内を明かされます。
この言葉は、あかねにとってはきつかったと思います。でも、諦めないあかねは素晴らしいです。
阿良川一生の信念を知った上で、「認めさせますよ、あなたが切り捨てた芸で!
」と挑戦状をたたきつけるあかねでした。
あかねの落語家としての成長を一緒に楽しんでいきましょう!
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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