「氷菓」”the niece of time”のタイトルの意味とは何だったのでしょうか?
そして、千反田(ちたんだ)えるの伯父・関谷純(せきたにじゅん)が「氷菓」という言葉を使って、伝えたかったメッセージは何だったのでしょうか?
氷菓、すなわち、アイスクリームとは、言葉遊びで”I scream.”(私は叫ぶ)ということです。では、文集「氷菓」=”I scream.”(私は叫ぶ)という言葉の意味を伯父から聞いた時、幼い千反田はなぜ泣いたのでしょうか?
千反田えるの伯父・関谷純が高校生時代、文化祭に際して起きた事件とは何だったのでしょうか?
こちらでは、これらを順を追ってひも解いていきながら、関谷純が伝えたかった意味を解説していきます。京アニの神アニメの1つである「氷菓」の謎解きを一緒に進めて行きましょう!
「氷菓the niece of time」のタイトルの意味アイスクリームは”I scream.”
千反田が「伯父がなぜ『氷菓』と名付けたかご存知ですか。」と尋ねた時、糸魚川先生は分からないと言いました。『氷菓』の意味を理解した奉太郎は、関谷純のメッセージを誰も受け取っていなかったことにいら立ちを覚えます。
こんな身近にいた後輩が、関谷部長の心からのメッセージを受け取っていないとは、私も正直がっかりというか、心が痛いです。でも、それは郡山(糸魚川)養子の本心でしょうか?糸魚川養子、当時の郡山養子は、関谷純退学の傍観者になってしまって何もできなかった後悔を敢えて忘れようとしていたのでしょうか?
①アイスクリームは言葉遊び
奉太郎は、氷菓・アイスクリームは、ダジャレで、言葉遊びだと言います。関谷純からのメッセージは、”I scream.”(私は叫ぶ)
でも、高校生当時、関谷純は声を上げられずに、全校生徒の責任を一人背負って退学になりました。どれ程無念であり、どれ程声を大にして叫びたかったことでしょうか!
関谷純は声を上げることができず、声をあげることを手伝ってくれる仲間もいない寂しさを感じていたのではないでしょうか。全校生徒も、当時の古典部の部員も、みんな自分の保身に走っていたのですね。
②千反田が伯父に聞いた言葉とその答え
“I scream.”の文字を見て、千反田は忘れていたことを思い出しました。伯父に「『ひょうか』とは何か」と聞いたら、伯父から「もし弱かったら、悲鳴も上げられず、生きたまま死ぬ。」と言われたことを。
生きたまま死ぬのが怖かったから泣いたのだと千反田は思い出しました。
「ありがとうございます、折木さん。これで無事に伯父を送れます。」と。千反田の気持ちの中で、伯父との区切りをつけることができて本当に良かったですね。
アニメにおいて、関谷純のその後は描かれていません。
関谷純、言い換えれば、小説『氷菓』作者の米澤穂信さんは、”I scream.”(私は叫ぶ)、声を上げることの大切さを訴えたかったのではないでしょうか。声を上げなければ、生きたまま死んだも同然になってしまうよと。
学校内でも職場内でも、いろいろな人間関係の中で、同様のことが日常生活において起きています。これは、45年前の関谷純だけの問題ではなく、実は私達の身の回りでも大なり小なり起こりうることでもあります。
私も今まで生きて来て、程度の差こそあれ、関谷純と同じような気持ちを味わうことがあったり、傍観者としての全校生徒と同じような気持ちを味わうこともありました。
現実に生きている私達も、関谷純のような悲劇を繰り返さないためにも、理不尽なことに対してはきちんと声を上げて、意思表示をするようにしたいものです。
関谷純の魂の叫びともいえる”I scream.”が、どのように回収されていくのか、アニメのストーリーに沿って見ていきましょう!
「氷菓」”the niece of time”のタイトルの意味は何話に描かれている?
「氷菓」”the niece of time”(英語名)のタイトルの意味は、「氷菓」アニメの第1話から第5話を通じて描かれています。折木奉太郎と千反田えるが古典部に入部するところから、「氷菓」のタイトルの意味が分かるところまで。
第1話 伝統ある古典部の再生
第2話 名誉ある古典部の活動
第3話 事情ある古典部の末裔
第4話 栄光ある古典部の昔日
第5話 歴史ある古典部の真実
①古典部の活動はなぜ文集制作か?
古典部は、10月の文化祭に参加するにあたり、文集を出すことになります。なぜなら、文集作成費が予算で計上されているからだと部長の千反田は言います。
でも、そもそも古典部は何の研究をして、どんな文集を作成しているのでしょう?
その点がまだ第2話では描かれていないので、私も「何をする部活なの?」と思いながら見ていました。
②千反田えるが古典部に入った理由
千反田えるが古典部に入った理由は、45年前の古典部員だった伯父・関谷純(せきたにじゅん)について知りたいと思ったからでした。
関谷純は母の兄で、10年前にマレーシアに行ったきり、7年前から行方不明になっていました。そのため、親族は関谷純の普通失踪宣告を申請して、葬儀をすることにしたのです。
伯父の葬儀までに、千反田はどうしてもはっきりさせたいことがありました。
それが、伯父から言われた言葉を探し出し、自分が泣いた理由を知ることでした。
千反田にとっては、そうすることが伯父への手向けにもなり、過去の自分の気持ちの整理にもなると考えたのでしょう。
因みに、奉太郎が古典部に入ったのは、姉の折木供恵(おれきともえ)の手紙がきっかです。廃部寸前(3年連続入部者ゼロで、今年もゼロなら廃部)の古典部に入りなさいという内容でした。
奉太郎は、古典部入部に対して特に目的も無く、帰宅部とそれほど変わらないくらいの軽い気持ちで入部していますね。
③千反田えるが折木奉太郎に依頼したこととは?
千反田が奉太郎にお願いしたことは、自分が幼稚園児の頃「こてんぶ」にまつわる何を伯父に質問したのか?自分がなぜ泣いたのか?思い出させてほしいというものでした。
一見すると、”自分が忘れていることを思い出させてほしい”という表現はちょっと変な感じがします。私以外にも、そう思った人もいるのではないでしょうか。
私なりに、もう少し言葉を補足すると、伯父の関谷純の古典部にまつわる想いは、”幼稚園児の千反田が恐怖に感じるほどの強烈な何か”だったと思われます。当時の古典部に何が起きたのかを奉太郎に一緒に突き止めてほしい。そうすれば、幼い時に自分(千反田)が泣いた理由も分かるかもしれないということだと思います。
「氷菓」のタイトルの意味と関谷純(せきたにじゅん)の関係は?
①古典部文集のバックナンバー
古典部文集のバックナンバーは、現在の部室(地学講義室)ではなく、生物講義室の薬品金庫の中にありました。
奉太郎の姉供恵(ともえ)からの手紙が無ければ、文集のバックナンバーが以前の部室(生物講義室)の薬品金庫の中にあるなんてわかりませんでした。因みに供恵は2年前に卒業しています。
②文集『氷菓 第二号』の表紙の絵の意味
文集『氷菓 第二号』の表紙の絵は、数多くの兎が輪になっていて、その輪の中で一匹の犬と兎が噛み合っているという絵です。
アニメでは、表紙の絵がアップで写されて、千反田が奉太郎に『氷菓 第二号』を見せるにとどまっていますが、小説では「狡兎(こうと)死して走狗(そうく)烹(に)らるという名言があるが、これでは狡兎と走狗相討(あいう)つ、だ。」と書かれています。
参考までにこの故事成語の意味を下記に載せておきます。この故事成語の意味を知ると、この絵が如何に意味深長な絵か、お分かりいただけると思います。
狡兎死して走狗烹らる(こうとししてそうくにらる)
(すばらしい兎(うさぎ)が捕り尽くされれば、猟犬は不用になって鍋(なべ)で煮られることから) 人も不用になれば惜しげもなく捨てられることをいう。中国の春秋時代、越王勾践(こうせん)を助けた功臣の范蠡(はんれい)が、のちに勾践を見限って野に下ったとき、もとの同僚の大夫の種に書簡を送り、越にいては危険であるから、あなたも野に下りなされと勧誘したときに用いた句。
引用元:情報・知f識&オピニオン imidas
「狡兎死して走狗烹らる(こうとししてそうくにらる)」の故事成語は、”人も不用になれば惜しげもなく捨てられることをいう。”という意味です。高校生だった関谷純のことをそのまま表現したような故事成語です。
小説では米澤穂信さんが文集『氷菓』の表紙の絵を「狡兎死して走狗烹らる(こうとししてそうくにらる)」という”言葉”で表現し、アニメでは「狡兎死して走狗烹らる(こうとししてそうくにらる)」の”言葉”を絵で表現しているのが凄いなと感心してしまいます。
その意味を知って『氷菓 第二号』の表紙の絵を見ると、あなたもきっと味わいが深くなると思いますよ。
③バックナンバー『氷菓 第二号』について
千反田が奉太郎に『氷菓 第二号』を見せ、「私はこれを伯父の所に持って行って、これは何かと聞いたんです。伯父のことが載っています。何かがあったんです。45年前に、この古典部に。」と言います。
前書きに『関谷先輩が去ってからもう、一年になる。この一年で、先輩は英雄から伝説になった。』略『争いも犠牲も、先輩のあの微笑みさえも、全ては時のかなたに流されていく。』
1968年10月13日 郡山養子(こおりやまようこ)
と、書かれています。
アニメでは45年前、小説では33年前と書かれています。
この年数の違いは、小説の発行が2001年、アニメは2012年に放送されたので、アニメの中では33年に11年プラスαで45年としたと思われます。
「氷菓」のタイトルの意味解明のヒントを出す折木供恵(おれきともえ)
奉太郎の姉折木供恵は不思議な人物です。奉太郎が何かを解決しようとするときに、何らかの手掛かりを与えてくれる人物です。折木供恵をマークしながらアニメを見て行くと、きっと何かの発見があると思いますよ。
古典部の真実を解き明かすために、夏休みに千反田の家で壁新聞『神高月報』などの資料を元に古典部の4人が議論を交わします。
奉太郎説によれば、「文化祭縮小に全学が怒りに燃え、古典部部長・関谷純君の英雄的な指導での抗議活動をした。学校側は文化祭縮小を断念する代わりに、英雄関谷純を退学にした。」と。
他の3人も奉太郎の資料読み解きに賛同するのですが、皆が帰った後千反田は、「だったら私はどうして泣いたのでしょう?」とつぶやきます。
実は、千反田の感性はいつも正しい答えを示唆します。他の場面でも出て来るのでぜひ意識しておいてください。
家に帰った奉太郎は、姉のユーゴスラヴィアからの電話を受けます。
「関谷純のことを調べた。」と奉太郎が言うと、姉は「カンヤ祭は禁句、悲劇、嫌だった」という言葉を残して電話を切ってしまいます。
姉が残したキーワードから、奉太郎はもう一度自分の説(関谷純がリーダーとして全学を指導し、学校側へ文化祭縮小に対する抗議活動をした。学校側は文化祭縮小を断念する代わりに関谷純を退学にした。)を検討し直すことにしたのです。
「氷菓」のタイトルの意味解明の重要人物糸魚川養子(いといがわ ようこ)
「氷菓」のタイトルの意味を解明するために、最後の切り札になるのが図書館司書の糸魚川先生です。
①糸魚川先生の旧は郡山(こおりやま)
糸魚川先生の旧は郡山で、糸魚川養子は郡山養子。
『氷菓 第二号』の前書きを書いたのは、糸魚川先生ということになります。
②45年前の『六月闘争』
糸魚川先生から聞き出した45年前の『六月闘争』の内容をまとめると、
・文化祭縮小反対の部活連合のリーダー:活動の中心者が絶対表に出ず、関谷純がリーダーに祭りあげられた。
・授業ボイコット、シュプレヒコール、キャンプファイヤー→格技場が火事→関谷が見せしめに退学処分になった。
奉太郎の「関谷純は望んで全生徒の盾になったのですか」という問いに答える形で、糸魚川先生は『六月闘争』の話をしてくれたのでした。
③文集表紙の絵とカンヤ祭の呼び名
文集表紙の絵は「その時のことを絵にした」ということを伊原が糸魚川先生に確認しました。
「先生はカンヤ祭という言葉を使わないんですね。」と里志も先生に尋ねます。
糸魚川先生は、まさしく渦中にいた人であり、関谷純の後輩で事情もすべて知っているわけですから、関谷(せきたに)をもじったようなカンヤという言い方は当然しませんね。
「氷菓the niece of time」のタイトルの意味アイスクリームは”I scream.”
千反田が「伯父がなぜ『氷菓』と名付けたかご存知ですか。」と尋ねた時、糸魚川先生は分からないと言いました。『氷菓』の意味を理解した奉太郎は、関谷純のメッセージを誰も受け取っていなかったことにいら立ちを覚えます。
こんな身近にいた後輩が、関谷部長の心からのメッセージを受け取っていないとは、私も正直がっかりというか、心が痛いです。でも、それは郡山(糸魚川)養子の本心でしょうか?糸魚川養子、当時の郡山養子は、関谷純退学の傍観者になってしまって何もできなかった後悔を敢えて忘れようとしていたのでしょうか?
①アイスクリームは言葉遊び
奉太郎は、氷菓・アイスクリームは、ダジャレで、言葉遊びだと言います。関谷純からのメッセージは、”I scream.”(私は叫ぶ)
でも、高校生当時、関谷純は声を上げられずに、全校生徒の責任を一人背負って退学になりました。どれ程無念であり、どれ程声を大にして叫びたかったことでしょうか!
関谷純は声を上げることができず、声をあげることを手伝ってくれる仲間もいない寂しさを感じていたのではないでしょうか。全校生徒も、当時の古典部の部員も、みんな自分の保身に走っていたのですね。
②千反田が伯父に聞いた言葉とその答え
“I scream.”の文字を見て、千反田は忘れていたことを思い出しました。伯父に「『ひょうか』とは何か」と聞いたら、伯父から「もし弱かったら、悲鳴も上げられず、生きたまま死ぬ。」と言われたことを。
生きたまま死ぬのが怖かったから泣いたのだと千反田は思い出しました。
「ありがとうございます、折木さん。これで無事に伯父を送れます。」と。千反田の気持ちの中で、伯父との区切りをつけることができて本当に良かったですね。
アニメにおいて、関谷純のその後は描かれていません。
関谷純、言い換えれば、小説『氷菓』作者の米澤穂信さんは、”I scream.”(私は叫ぶ)、声を上げることの大切さを訴えたかったのではないでしょうか。声を上げなければ、生きたまま死んだも同然になってしまうよと。
学校内でも職場内でも、いろいろな人間関係の中で、同様のことが日常生活において起きています。これは、45年前の関谷純だけの問題ではなく、実は私達の身の回りでも大なり小なり起こりうることでもあります。
私も今まで生きて来て、程度の差こそあれ、関谷純と同じような気持ちを味わうことがあったり、傍観者としての全校生徒と同じような気持ちを味わうこともありました。
現実に生きている私達も、関谷純のような悲劇を繰り返さないためにも、理不尽なことに対してはきちんと声を上げて、意思表示をするようにしたいものです。
まとめ
古典部の文集「氷菓」のタイトルに込められた意味について、どのように回収されて行くのかを見て来ました。
7年前に行方不明になった伯父の葬儀にあたり、千反田が伯父に聞いた言葉と伯父からの答えを思い出させてほしい、という奉太郎への依頼も解決しました。
「氷菓」の意味は”I scream.”
「強くなれ」「もし弱かったら、悲鳴も上げられず、生きたまま死ぬ。」ということでした。
このメッセージは、千反田や古典部の部員だけに送られたものではなく、視聴者や読者である私達にも送られたメッセージでもあると思います。
長文、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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